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裏ブログ
 今日は定時で速攻ダッシュした。

まぁ、隙があればいつもだけど。

帰りに同じ部署の人と一緒になってしまった。この人も隙あらば定時派なので、意外に話があう。

帰り際残り5分での「内線受話器外し」という必殺技を披露したら笑ってくれた。この技で笑わないやつとは友達になれない。

女にはこの技の面白さが通じないらしい。

帰りの路線が一緒なので、談笑しながら帰るという、めずらしい行為をしてしまった。

そして発覚したのが、俺の前任者の話。

送別会で、「みんなわかってると思うけどこいつとはやってられない」、といって去って行ったそうな。こいつ、というのはいつも愚痴ってる上司のことだ。

なんだ、、、みんな思ってんじゃん。逆にそいつがお荷物なんじゃん。。

俺は大人なので、2回ほどそいつにキレてしまった後、現在は「稀に役に立てばうれしい」くらいの存在として受け入れている。はぐれメタルに遭遇するくらいの確率ではあるが。なので、今はストレスにはあまりなっていない。

そういうことだったんですか。。。

今日認識を共有できたのは、SEとしてではなく、どんな仕事でも「ここは折れちゃまずいだろう」という一線をそいつが簡単に越える、ということだ。

そいつができなすぎて、俺だけ残業になったとしたら、まぁ金稼ぐか、くらいの心持ちでいればよい。ただ、仕事を引き継ぐ段になったら話は別だ。たぶん相当やっかいなことになる。



もうかれこれ数年まえだろうか。順応と適応は異なる、とyさんとmさんに言われたのは。

当時はちょっとよくわからなかったけど今ならわかる。

大半の人は意識しないだろうけど、生物学的には大きく異なるということが。

順応とはある個体が今持つ構造/機能で現在に対応すること。

進化とはダーウィンが提唱した言葉ではなく、彼は「変異と適応」と述べている。なので、適応とはある個体ではなく「個体群の変異」が構造/機能的に現在に対応している、ということになる。

これは大多数からの疎外を考える上で僕にとって重要だったんだよね。

このことから、「進化」という言葉をある個体の変化そのものに使用するのは誤りだろう。

そして僕は社会に順応しているのであって適応しているのではない。
大学の同期S君が竹橋と千葉にカフェを開いた、そしてO君がアフリカから帰って来た。

ということで、竹橋でアフリカ帰還・開店祝いに行って来た。

みんな、一般的なレールからは外れているが、それ故に諦観と謙虚さを備えた大人になってきているようで、何だかうれしかった。

何よりも行動する人たちであることが頼もしい。Sの機動力は計り知れず、NYに飛び込んで見聞を広めたあと、東京でカフェを開いた。

哲学的な話ができるようになって、とても心地よい。やりたいことやればいいじゃないか、という意識を共有出来る。それを一番思ってるのはSだろうけど。

僕は主に脳内旅行が好きだけど、でも一から物を作るという作業をしてきたつもり。仕事でも趣味でも。そして、やろう、と思ったことをこの2年間続けたことを認めてもらえたのがうれしかった。まぁ、音の好き嫌いは別にして。

仕事一筋、というのは僕にはとても無理だ。これは単純に金を稼ぐ作業にしかならない。そして、残りの時間で30代は何をやろう。

このカフェのテナントのオーナーが音楽ヲタクらしく、ギターが何本も飾ってあった。音楽ナイトはやらないの?と聞いたら、色々やってみたいと言っていたので、楽しみだ。夏は屋上を解放したいと言うので、そこなら結構な音出せるかも。
本を買って勉強しはじめました。

まだ2章だけど、OSIと言ってるのがようやく腑に落ちてきたというか。実装になるとあれやこれや入り組んでるんだろうけど、概念からちょっと踏み込んだ段階だとモデルに合うように作られてるんだな、、というか逆か。。

こうなっちゃいました、みたいな所あるんだろうな。。

通信の基本を押さえておけば、みたいな所があるので、やってみてる感じ。層間の組み合わせは何でもいいんだよね、相手に届けば。実際、アプリケーションは全部異なってるわけだし。一番上は取っ替えてる、みたいな。

.0.0.1がlocalhostで、ループバックインターフェースがそれを担保してる、というのは初耳だった。自身がホストでクライアントでってこうなってたわけか。LB I/Fで返されたものはネットワークには出ない。これも何となくパケットを見るとそんな感じなような。

DELL PCだとMS ループバックI/Fなるものが搭載されていた。ネットワークのFragmentは1500bytes単位だった。きちんと練習問題をやる自分<-偉い。REPEATER HUBだともっと面白い事になってたんだけど、今や時代がSW HUBだから、面白い事ないかなぁ〜と探し中。おいおい見つけます。

練習問題のコマンドがUNIX仕様なので、窓用にいちいち翻訳しないといけないのが難ですな。。コマンド覚えてるのとか、最初は憧れてたけど、環境に合わせて変えるのは自分の方、ということがわかってきた気がする。
  • 2010.01.03 Sunday 10:59
  • category:-
  • author:?????
  • とあるシステムの消去法
あるシステムを眺めるとき、それを数値で表現する事は、常に過去を見ていることに他ならない。決算書も血液検査も数値の羅列だ。

「システム」と表現可能なものは全て動的平衡を達成しようとする。
だから、何かの断片では表現し得ないわけだ。もちろん「システムそのもの」を表現することに意味はない。何故なら「システムそのもの」は既に存在するから。

(システムに対して「存在」という言い方が適切であるか、ということもあるけど。)

そんなわけで、どうやって動的に動的を捉えるか、というようなことを考えていた。静的に動的を捉える方法を消去し続けていた、と言った方が正確かも。。

そこから派生して思った事だけど、あるシステムに長期間従属出来た人って、そのシステムに順応してるよね(適応では無いと思う)。その期間でもってそれを証明してる。だから30年くらい経つと特有の雰囲気になってきちゃうんだね。

そこに居たはずの人は脱落、というか脱輪?してるから見えないけど。見えない、というのが大事かも。見えたらみんな寄り付かなくなっちゃう。

個人個人にも当てはまるけど。

そういうこと言うとまた唯物論的だとか言われるかもしれないけど、寿命もまたそういうことだと思う。

考え方として。感じ方はまた別だよ、と言ってみる。。
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